宮桃町会のあゆみ

宮桃町会(みやももちょうかい)が結成されたのは昭和13年4月です。

 

昭和12、3年のころ、圍聨合町会(かこいれんごうちょうかい)より分離し、旧町名の宮園通と桃園町を併せて、宮桃町会と名付けたと云われています。

 

昔から大雨のたびに桃園川が氾濫し、幾度か大変な被害を受けましたが、暗渠改修工事により現在では桃園川緑道遊歩道として生まれ変わっています。

 

終戦後の復興がさかんになった昭和29年8月、町内有志の寄付により神輿と太鼓が造られ、東中野にある氷川神社境内には神輿蔵を設置しました。さらに、青年部の宮桃会を立ち上げ、青年部が中心となり祭礼が盛大に行われるようになりました。

 

昭和52年には、防災組織の充実をはかり、地域住民の防災意識を高めるため、別組織として宮桃防災会を結成しました。

 

昭和61年には、町内に防災広場が設置されました。以来、毎年、防災広場では中野消防署や中野区役所地域防災分野の指導のもと、減災訓練を実施しています。また、近年スタンドパイプを取り入れて訓練を行っています。

 

平成27年3月からホームページを開始し、その後「Twitter」と「Facebook」も開始しました。

 

貴重な昔の画像や映像等は、次のところにあります。

宮桃町会の貴重な映像は「町会の記録」にあります。

お祭りの貴重な映像は「お祭りの記録」にあります。

地域などの歴史は「地域と中野の歴史」にあります。

地域などの昔の画像や映像は「地域と中野の記録」にあります。


歴代会長

 

初 代 渡辺 潜  (昭和13年4月~昭和26年3月)

二 代 貫洞清五郎 (昭和26年4月~昭和36年3月)

三 代 塩野 茂雄 (昭和36年4月~昭和46年3月)

四 代 後藤 慶吾 (昭和46年4月~昭和58年3月)

五 代 杉本 定次 (昭和58年4月~平成7年3月)

六 代 舘野 年美 (平成7年4月~平成19年3月)

七 代 中山 浩一 (平成19年4月~      )